中学生の部

佳作

頑張るということ
札幌市立明園めいえん中学校 1年 石河 聖いしかわ しょう

 「体育」とは、僕にとって地獄でしかない言葉です。僕は、生まれてからずっと、同じ年の子と比べて運動機能の発達が遅く、検診でいつも引っ掛かり、特別教室に通っていました。小学校の頃は、大嫌いな「体育」も先生がつきっきりで教えてくれて、友達が手伝ってくれて、球技ならただ立っていれば良いとか、マット運動なら転がっていれば良いとか、走るのもゴールが出来れば良いとか……自分のできる範囲だけ頑張れば、後は逃げることができる日々でした。もちろん技能が無いので、「体育」の評定は良くありませんでしたが、小学校の成績だから……と気にしていませんでした。
 小学校六年生になり、中学校説明会に行きました。中学校の成績の「体育」もペーパーテストの点数が良ければ、良い成績になると思っていましたが、実技での点数の方を評価すると初めて知りました。勉強して覚えるペーパーテストなら、頑張れば良い点数を取ることもできます。でも、僕は、皆が当たり前に出来る、球技も、陸上競技も、器械運動も全くできません。楽しみにしていた中学校生活が、一瞬で嫌になりました。
 あっという間に時は過ぎて、中学校入学式。たくさん持ち帰ってきた教科書の中にあった体育の教科書に、最後まで名前を書くことができませんでした。どうしたら「体育」を欠席できるかばかり考えていました。このまま中学校に行かないで家にずっと引きこもっていようかとも考えました。何より、小学校生活では全教科担任の先生が教えてくれていて、六年間ずっと女の先生でしたが、入学式で紹介されていた中学校の「体育」の先生は男の先生でした。男の先生ならきっと怖いに違いない。何もできないから怒鳴られるのだろうと不安で仕方ありませんでした。
 欠席することができずに、はじめての「体育」の授業が始まりました。まずは体幹運動からでした。皆もちろん当たり前の様にできています。出来ないのは僕一人。先生が近づいてきました。「できないのかい?」と聞かれ、怒られるのを覚悟した僕の体を、先生は軽々と持ち上げて、「こうやってごらん」と優しく教えてくれました。その後も、陸上競技が始まり、走るのが遅い僕に怒りもせず、「こうすると良いよ」とわかりやすいアドバイスをくれました。長距離でどんなに走るのが遅くても、「最後まで頑張ったね」と声をかけてくれて、できなくても一生懸命頑張っていることを理解してくれる先生が、僕は大好きになりました。僕はもっと「体育」を頑張りたいと思うようになり、休み時間や放課後にどうしたらもっと上手になれるかを先生に質問するのが日課になりました。「体育」以外の勉強や学校活動も、すべて頑張って先生に報告しに行きます。先生はいつも頑張っていることを認めてくれます。嫌いな事でも好きになれること、頑張ることの大切さを教えてくれた先生にとても感謝しています。今は「体育」が大好きです。

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