小学生の部

選考委員長

他者の世界への関心を
山折 哲雄やまおり てつお

 一般の部門、つまり大人の部門の大賞に「住職からの宿題」がきまった。
 冒頭に、あるお坊さんが示した俳句が出てくる。
  おくちょう 羽衰はねおとろえて 菩提心ぼだいしん
 この句を示され、その意味を問われたのが本作品の筆者、話はそこからはじまる。
 若いころ保険会社に入り、営業部門で苦労を重ねていた。契約をとらなければ首になる。そんなときある寺の老僧から電話が入り、高額の契約を受けてくれた。その面談の折にさきの俳句をみせられ、意味を問われたのだった。八方手を尽くしたが、わからない。正直に頭をさげてそのことを告げたとき、それは盛りを過ぎた武士が晩年になってえた心境をんだものだと、明かされる。語りの落ちがしみじみした余韻をのこし、さわやかな仕上げになっている。文句なしの第一席だった。
 中学生の部門では、「じゃなくて」が大賞にのこった。中学一年生の女子。
 日本列島で季節ごとに繰り返される国民的な大騒ぎ、それを横目にみて、わたしの好みは「そんなんじゃないよ」と、わさびのきいた皮肉と感想をくり出す。春には昼のニュースをききながら季節はずれのそうめんをすするのが好き、夏のお目当ては海とかキャンプとかじゃなく、冷房のきいた部屋でアイスをなめる、秋だって芸術やスポーツじゃないわ、明日の天気予報をききながら、「今日の主食は米よ」という母の声をきくのが素敵、冬はもちろんスキーやスケートじゃないよ、大雪のニュースなどもふっとばして「寒い、寒い」といっていると、兄が「夏に冷房とつき合いすぎたからだ」とつっこみを入れる。落ちがきいている—「私は季節が好きなんじゃない、家族が好きなだけなんだ」。世間の浮薄ふはくな動きをたんにあばこうとしているのではない、それを一歩退いてさりげなく批評している。その目が光っている。
 さて最後に小学生の部、これも文句なく、六年生の男子による「ルークの小さな世界」にきまった。飼い犬ルークと主人公の少年が、兄弟のように暮らしている。あるとき母にすすめられて散策に出る。すでに少年はルークの目線で遊ぼうと決心している。歩きながらしゃがんで、あたりをうかがう。草や花が自分の背丈より高い、おおわれてしまう。向こうから犬がやってくると、うろたえてしまう。公園では、いつも叱られてばかりいる掃除のおっさんがやってきて、ゴミ拾いをしてきれいにしてくれている。これまでのものの見方が一変してルークへの親近感が高まり、この弟分との冒険を楽しむようになった。ほんのわずかな文章のなかにムダなく言葉をおき、愛犬とのあざやかな兄弟交流の場面を浮き彫りにしていた。今日の大人社会ではペットブームがとまらず、ペットと人間とのしめった相互依存の症状がピークを迎えているが、それを背景におくとき、この小学生の作品は出色しゅっしょくの輝きを周囲に放っていた。あっぱれ、の言葉の花束をあげたいくらいだ。
 ことしはこの徒然草エッセイ大賞も三年目、多くの応募作品をえて盛況を迎えているが、気にかかることがないではない。最後の最後にそのことにもふれておこう。上の作品紹介でもみたように、中学生と小学生の作品にとんがった意外性と着想にみちたものがみつかったが、それにたいしてそれが大人の作品にはほとんどみられなかったということだ。大人の部門の第一席にわずかにそれが発見されたという印象をぬぐいがたいのである。その作品にしても、どちらかというと自己発見の物語に終始し、社会的な広がり、他者の世界への関心が稀薄きはくであったと思う。
 なぜそうなったのかと考え込んでしまったのだが、年をとって大人になるということは、心の成熟を手にするかわりに、生き生きした感覚が常識に足をとられ、社会の同調圧力にひざを屈していくことでもあったのかと、思いがけない疑心暗鬼に包まれてしまったのだ。
 それにしても今日、世界で大きな話題を呼んでいる地球温暖化の問題で、鋭い批判の声をあげたスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさん(一六歳)にふれた作品が、小・中学生の部門を含めてほとんどみあたらなかったのは、いったいどうしたことであろう。大人たちも若者たちも、いちどは胸に手をあてて、じっくり考えてみてもいいことではないか。

選考委員

生きることのど真ん中
茂木 健一郎もぎ けんいちろう 脳科学者

 随筆は、人の心をたねとして、よろづのこととぞなれりける。
 言葉は自分自身の人生を振り返る「鏡」となる。随筆を書くことで、人は成長し、他人に優しくなる。
 小学生の部、大賞の『ルークの小さな世界』は、一緒に散歩する愛犬の視点になることで、新しい世界が開ける。優秀賞の『夜中働く人』は、自分の病気の経験から、労働の尊さに気づく。『女の子と私』は、過去の自分を振り返ることで生きることの不思議に至る。『お父さんのONとOFFの発見』は、「父」という人間の多面性と深さに気づくかけがえのない瞬間。
 中学生の部、大賞の『じゃなくて』は、日常の何気ない瞬間をみずみずしい感性と言語でとらえて、読後感がふくよかだ。優秀賞の『幸せの春巻き』は、分かち合うことが幸せだという人生の真実を教えてくれる。『しんどい時こそ…』は、気づかいや優しさの大切さを印象的なエピソードでつづる。『黒い衝撃』は、未知の食との出会いの驚きをユーモラスに描く。
 一般の部、大賞の『住職からの宿題』は、苦しい時期に、自分を信じ、育ててくれる人との出会いが人生を変えた感動の体験。優秀賞の『水道メーター』は、悲しみからの再生の小さなきっかけを記して心に残る。『ピアノ記念日』は、芸術に精進するということの厳しさと深い喜びを伝える。『母の愛』は、人間にとって愛とは何か、その本質を考えさせてくれる。
 応募作はどの作品も素晴らしかった。読んでいて心が動くのは、生きることのど真ん中に「カチッ」と当たった瞬間のように思う。ますます複雑になり、予期し難いこの現代において、随筆文化を継承することの価値を確信する。

書き手の「発見」は、読み手の「発見」
中江 有里なかえ ゆり 女優・作家

 今回のテーマ「発見」は絶妙なテーマだったな、と今更いまさらながら思います。
 生きるとは「発見」の連続です。生きることに慣れてしまうと毎日を繰り返すだけで「発見」できなくなってしまいがちですが、おそらく心の持ちようで誰もが何かを「発見」することができる。日常の中に「発見」は詰まっているんですね。応募していただいた作品を読みながら、そう確信しました。
 小学生の部「ルークの小さな世界」にはハッとさせられました。視線を低くするだけで見える世界は変わりますね。
 中学生の部「じゃなくて」は乾いた筆致ひっちの中に温かみがありました。しっかりと読み手を意識した構成はすごい!
 一般の部「住職からの宿題」は冒頭の句からきつけられ、読ませるエッセイです。筆者の歩んだ人生の重さがどっしりと文面に現れているように感じました。
 「発見」が先か、「書く」のが先かは人によるでしょうが、きっと素晴らしい「発見」は誰かに伝えたくなりますよね。
そして誰かの「発見」は、読み手の「発見」にもなります。多くの「発見」を読ませていただいて楽しかったです。

“お宝”発見の楽しみ
田中 恆清たなか つねきよ 石清水八幡宮宮司

 足もとの個人的な体験や感想から、いつしか人類普遍の発見へと視野が広がっていく、そんなスケールの大きな作品との出会いを何処どこかで期待している自分がいたのですが、今回は正直申し上げて少々肩すかしを食らったような感もありました。
 もっとも、あえて背のびをせず、何事も身のたけに合ったサイズに収めておく方が、大方の現代人には受け止めやすい、という見方もあるでしょう。そうした意味で、とりわけ印象に残ったのは、ごく普通の市井人しせいじんである筆者たちが、日常生活の中で手繰たぐり寄せた、ささやかで、しかもキラリと光るエピソードの数々です。
 住職からの宿題とは? 耳の形と母の愛? 「はさ」って何? 水道メーターと独居老人? 「じゃなくて」って? 「ルークの世界」? そうか、お父さんは警察官だったのか……等々。つまりは読者の一人である私も、今回のテーマにふさわしく、謎解きゲームを思わせる展開にワクワクしながら、さまざまな“お宝”発見の旅を存分に楽しませていただいた、というわけです。
 なお、選には惜しくもれた中に、真正面から地球環境の危機的状況について訴えた作品などもあり、そうしたすこぶる真っ当な「発見」も、私には貴いものと思われたということを一言申し添え、そして今回も数多くの作品をお寄せくださった皆様に対し、心からの敬意と謝意を表しつつ、拙文の締めくくりとさせていただきます。

四段階の選考過程を経て
寺田 昭一てらだ しょういち PHP総研シニアコンサルタント・月刊誌「歴史街道」特別編集委員

 徒然草エッセイ大賞も三回目を迎えました。今年度のテーマ「発見」が、平成から令和へと新しい時代の幕開けという世の中の雰囲気とも一致したのでしょうか。一般の部一六一二作品、中学生の部三九〇作品、小学生の七七四作品と、昨年度を大きく上回る作品が全国から寄せられました。ここでは、選評にかえて、選考過程をご紹介しましょう。
 徒然草エッセイ大賞は、四段階の選考過程を経て受賞作を選んでいます。まず、応募規定を満たしているか、文章としての推敲すいこうがなされているか(誤字・脱字も含めて)という点を中心に、各作品をプロのライター、編集者数名で評価する事前選考を行ない、一般の部二三一作品、中学生の部五六作品、小学生の部一一八作品を一次選考作品として選びました。
 一次選考は、八幡市関係者二名、PHP研究所の編集者三名の計五名がそれぞれ五段階で各作品を評価。その総合点をもとに、二次選考では、月刊誌「PHP」「歴史街道」「Voice」、月刊文庫「文蔵」の各編集長及び編集長経験者により、再度、文章力・表現力・内容を精査して、各部門二〇作品を最終選考作品に選定。六名の選考委員が、最終選考作品を五段階で評価した後、総合点をもとに、各部、大賞一作品、優秀賞三作品、佳作五作品を受賞作品として決めました。
 本年の選考で特徴的だったのは、事前選考、一次選考、二次選考、最終選考ともに評価が分かれ、受賞作は僅差きんさでの決定となったことです。それだけ、本年度の応募作品はレベルが高く、秀作が多かったことになりますが、反面、キラリと光る突出した作品がなかったとも言えます。今後の応募に期待したいと思います。

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