
「作家にでもなるの?」
高校で文芸部に入った日、文系に進んだ日、そして進路希望調査が配られた日。両親は私が理想から遠ざかるたび不安そうに顔をしかめて、そんなことを言った。保護者記入欄に「将来をもっと具体的に考えて欲しい」と書かれた時は、私が顔を歪める番だった。
文学が嫌いだった。噓だ。文学が好きであることを間違いだと感じてしまう、後ろめたい自分が嫌いで、向き合うのを避けてきた。私の文学は娯楽で、無益で、趣味の範囲を出られない。
入学から一年と少し、「なるの?」という問いはいつしか「なれるの?」に変わった。息継ぎみたいに教科書から顔を上げれば、春から着任した若い文学の先生と目が合う。手首よりも緩い先生の腕時計が、語りの動きに合わせてかちゃかちゃ鳴るのを聞いている。評論文よりも、文学作品を教えている日の方が、時計の鳴る回数が多い。授業中の一人称は「私」だったはずなのに、最近は「俺」と言うようになった。
「この教材教えるのが一番楽しみだった!」
かちゃっと鳴る。
「この人、俺が大学で研究してた作家さんだから、他の作品とか、俺の卒論に使った資料とか、気になったらいつでも声かけてね」
ああ、文学が好きなんだ。好きなもので生きている人なんだ。先生からふっと目を逸らした瞬間に、誰かに抱きしめられて、全肯定されたくなった。大丈夫だよって言われたかった。先生が眩しくて、とにかく羨ましくて、妬ましくて、先生が理数系の高校に通っていたと知ったのは、それから数週間後のことだった。本当は趣味の範囲を「出られない」なんてことなくて、出るための勇気と能力が私に足りないだけだってことくらい、わかってたよ。細くて頼りなさげな背中に、こんな大きな感情の矢印を向けられているなんて、これっぽっちも知らない先生の微笑に、それでも主人公って言葉がぴったりだと思った。正面切って文学の道に進むと宣言するのが怖い。そうやって縮こまっているうちは脇役だ。
そんな先生に話しかけられたのは、文芸部がコンクールで賞を獲ったときだった。挨拶もせずに廊下ですれ違おうとしたら、思いがけず呼び止められて、聞いたよ、凄いね、おめでとうと言ってくれた。たったそれだけのことが嬉しくて、私を、私の文学を人に見つけてもらえるのがどんなに幸せかを初めて知った。それで、つい浮かれて、聞いてしまったのである。どうして文学部に行ったんですか。先生になるって決めてたんですか。先生、文学、好きですか。
「本当はね、文学の研究者になりたかったんだよね」
そう言いながら、先生は見えない何かを辿るように目を細めた。好きなものを研究してそれを仕事にして、そうやってご飯を食べていけたら、ものすごく幸せだしかっこいいと思っていたのだと。主人公だと思っていた先生の口からぽろぽろ溢れる過去形に、胸がぎゅっと苦しくなる。
「院に進むか教員採用試験を受けるか悩んで、受かったから今はここで働いてるよ」
わずかに虛しさと諦めが入り混じったような表情で、照れたように、でも晴れやかに笑った。
「創る側に、なりたいんです」
無意識に滑り落ちた。文庫本を手にしたあの日から、文芸部に入ったあの日から、あなたに見つけてもらえた、この日から。でも、就職のことは、お金のことは、両親は。喉元まできたいつもの言葉を、初めて飲み込んだ。
文学という同じ夢に触れて、憧れて、研究者になりたかった先生と、作家になりたい私が向き合っていて、長い長い高校の廊下。
授業中じゃないのに、先生の腕時計がかちゃりと鳴った。
「文学は役に立たないとかさ、よく言われるでしょ」
ハッとして先生の薄茶色の目を見つめ返した。平凡に甘んじることをよしとしない自分がいて、スポットライトを浴びる一握りでありたい自分がいて、お前では駄目だと指をさされることをひどく恐れる自分もいる。こんな臆病な私なのに、憧憬だけは一人前で。
「違うんだよ、そうじゃなくて、文学は、役に立たないところがカッコいいんだ」
文学は本当に娯楽で、無益で、趣味の範囲を出られないのか。それは私と同じかたちではないかもしれないけれど、きっと先生にも色んな障害や葛藤があって、悩んできて、こんなにまっすぐ乗り越えた。先生の言葉は確かに、お金という形では何も産まない。でも、先生の人生が巡り巡って私の人生を前に進めてくれたのなら、それって最高にカッコいい。
先生は翌年、新入生の担任になった。私に文学を教えてくれることはもう二度とない。たった一年間、週に三時間。だけど、あのときの先生の顔を、言葉を、一生忘れないだろう。
先生、私、春から日本文学科に通っているんだよ。だから先生、いつかどこかの本棚で、また、私のことを見つけてください。