一般の部

佳作

ただ、自分を選ぶために
岡山県津山市 髙木 たかぎ 真奈まな(18)

 高校三年の冬だった。
 受験勉強も佳境に入り、願書提出の期限も迫っていたけれど、私はまだ迷っていた。
 家から通える大学に行くか、それとも、思い切って家を出るか。
 ずっと家の中で「頼られる」存在だった私は、自分の人生を選ぶ決心が、どうしてもつかなかった。
 私は四人兄弟の長女で、下に保育園児の妹がふたりいる。
 母が夜勤のある仕事をしていることもあり、朝の髪をうのも、お迎えに行くのも、夜にご飯を食べさせるのも、私の役目だった。
 保育園の発表会で着る衣装のボタンつけだって、親より先に手を出していた。
 加えて、祖母もひとり暮らしだ。
 昔からよく、私が買い物や食事に付きそっていた。
「アンタと出かけるのが、いちばんの楽しみなんよ」と笑う祖母に、私は微笑ほほえみ返しながら、どこかでため息を飲み込んでいた。
 頼られていることが、うれしくないわけじゃない。
 でも、ふと湧き上がる感情に、私は戸惑っていた。
 ──ずっとこのまま、私は「家族のため」に生きるんだろうか。
 大学は通える範囲にすれば、家の手伝いはこれまで通りできる。
 妹たちが大きくなるまで。祖母が元気なうちは。母の仕事が落ち着くまでは。
「そのうち」の期限が、永遠に先延さきのばしされる気がしていた。
 そんな時、私は学校のスクールソーシャルワーカーの先生に、ぽつりと打ち明けた。
 誰にも言えなかったその本音を。
 先生は黙って私の話を聞き終えると、まっすぐに言った。
「あなたは今、“いい子”で生きている。
 でもそれは、“あなたの人生”じゃないかもしれない。
いい子をやめても、家族は壊れないよ。
 あなたが今選ばなかったら、この先ずっと“自分の番”は回ってこない。
 だから、もう一度、自分の人生を自分の手に戻してあげて」
「あなたの人生は、あなたのものだよ」
 その言葉は、かみなりに打たれたようだった。
 ずっと私の中にあったモヤモヤが、はっきりとした輪郭りんかくを持って目の前に現れた。
 そしてその晩、私は親に「家を出る」と告げた。
 驚かれたし、少し泣かれもした。
 けれど、不思議と私はらがなかった。
 後ろめたさがゼロだったとは言わない。
 それでも私は、「自分を選ぶ」と心に決めたのだ。
 春、私は見慣れた海の見える街を出て、新しい街へ向かった。
 妹たちは「いつ帰ってくるの?」と何度も聞いた。
 祖母は「寂しくなるね」と言った。
 でも私は、今でもあの決心を悔やんでいない。
 あれから時間が経って、妹たちはすっかり自分で髪を結べるようになった。
 祖母も、息子である叔父とよく出かけるようになり、母も新しい働き方を見つけたらしい。
 私はというと、初めて自分だけの時間、自分だけの判断、自分だけの責任の中で生きている。
 自由で、こわくて、それでも心地よい。
 あの時、あの先生の言葉がなかったら、私はいまだに「誰かのための自分」のままだったと思う。
 今でも家族は大事だ。
 でも、それと同じくらい、自分のことも大事にしていい。
 そう思えるようになったのは、家を出たからこそだ。
 私が人生でいちばんの決心をした日。
 それは、「自分を選んだ日」だった。

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