
高校三年の冬だった。
受験勉強も佳境に入り、願書提出の期限も迫っていたけれど、私はまだ迷っていた。
家から通える大学に行くか、それとも、思い切って家を出るか。
ずっと家の中で「頼られる」存在だった私は、自分の人生を選ぶ決心が、どうしてもつかなかった。
私は四人兄弟の長女で、下に保育園児の妹がふたりいる。
母が夜勤のある仕事をしていることもあり、朝の髪を結うのも、お迎えに行くのも、夜にご飯を食べさせるのも、私の役目だった。
保育園の発表会で着る衣装のボタンつけだって、親より先に手を出していた。
加えて、祖母もひとり暮らしだ。
昔からよく、私が買い物や食事に付きそっていた。
「アンタと出かけるのが、いちばんの楽しみなんよ」と笑う祖母に、私は微笑み返しながら、どこかでため息を飲み込んでいた。
頼られていることが、うれしくないわけじゃない。
でも、ふと湧き上がる感情に、私は戸惑っていた。
──ずっとこのまま、私は「家族のため」に生きるんだろうか。
大学は通える範囲にすれば、家の手伝いはこれまで通りできる。
妹たちが大きくなるまで。祖母が元気なうちは。母の仕事が落ち着くまでは。
「そのうち」の期限が、永遠に先延ばしされる気がしていた。
そんな時、私は学校のスクールソーシャルワーカーの先生に、ぽつりと打ち明けた。
誰にも言えなかったその本音を。
先生は黙って私の話を聞き終えると、まっすぐに言った。
「あなたは今、“いい子”で生きている。
でもそれは、“あなたの人生”じゃないかもしれない。
いい子をやめても、家族は壊れないよ。
あなたが今選ばなかったら、この先ずっと“自分の番”は回ってこない。
だから、もう一度、自分の人生を自分の手に戻してあげて」
「あなたの人生は、あなたのものだよ」
その言葉は、雷に打たれたようだった。
ずっと私の中にあったモヤモヤが、はっきりとした輪郭を持って目の前に現れた。
そしてその晩、私は親に「家を出る」と告げた。
驚かれたし、少し泣かれもした。
けれど、不思議と私は揺らがなかった。
後ろめたさがゼロだったとは言わない。
それでも私は、「自分を選ぶ」と心に決めたのだ。
春、私は見慣れた海の見える街を出て、新しい街へ向かった。
妹たちは「いつ帰ってくるの?」と何度も聞いた。
祖母は「寂しくなるね」と言った。
でも私は、今でもあの決心を悔やんでいない。
あれから時間が経って、妹たちはすっかり自分で髪を結べるようになった。
祖母も、息子である叔父とよく出かけるようになり、母も新しい働き方を見つけたらしい。
私はというと、初めて自分だけの時間、自分だけの判断、自分だけの責任の中で生きている。
自由で、こわくて、それでも心地よい。
あの時、あの先生の言葉がなかったら、私はいまだに「誰かのための自分」のままだったと思う。
今でも家族は大事だ。
でも、それと同じくらい、自分のことも大事にしていい。
そう思えるようになったのは、家を出たからこそだ。
私が人生でいちばんの決心をした日。
それは、「自分を選んだ日」だった。