
七十五歳になった朝、二人の娘と妹からおめでとうのLINEがきた。
いつも傍で「おめでとう」と祝ってくれていた夫は、四年前に病死した。
夫が逝った後で、私は娘達にこう言った。
用事以外は連絡しないでほしい。
生きてる? の確認はひんぱんにしないで。
体に不安を感じたら、その時は甘える。
二人が温かい気持の娘ってわかってるから。
まだまだ言ったが忘れた。
娘達には生活がある。
私が負担をかけるのはまだ先だと信じたい。
人に後ろ指をさされない範囲で、
『好き放題に生きる!!』
と決め、娘達にも納得させた。
私はまず身辺整理をした。
家具は全部処分し、自分で持てない物は今、冷蔵庫と洗濯機のみ。
そして家賃の安いハイツのワンルームに引っ越した。処分はずっと続けている。
私の大切な思い出の品は子供にとってゴミ。
いくらゴミでも母親の物は捨てにくいだろう、と私が捨てておく。
国からも後期高齢者と太鼓判を押された、気分の悪い誕生日。
いつもいつも子供が少ないのに年寄りが多いと言われ続け、しかも、ここ数年は団塊の世代がドーンと後期高齢者になり、人口の何十パーセントが年寄り、と嫌な言われ方。
以前、小池真理子さんが小説の中で、
ナメクジが出てきて塩をかける。
ナメクジは小さくちぢんで塩に
うもれて見えなくなる。後始末
がいらなくていい。どんなに
せいせいするだろう。
みたいなことを書いていた。うろ覚えなので違うかも知れないが、私もこんな風に……と共感した。今もそう思っている。
邪魔者扱いするな!! とひがんでいる私。
ムシャクシャするし、節目である七十五の誕生日の自分に何か買ってやることにした。
夫が亡くなってから食べ物以外買ってない。
十年以上前、一年に三台も自転車を盗まれ、腹が立って、頭にきて、歩くことにした。
私の誕生日は八月。暑すぎる。
そうだ、自転車を買おう!! と近くの自転車屋さんに行った。
瞬時に決めたのが、深緑色の折りたたみだった。前カゴも後ろの荷台もない。
婆さんらしく、足が地面に届くようにサドルを低くしてもらった。見映えが悪くなり、乗るのは婆さん。自転車に悪いな、と思う。
十年以上全く乗ってないので不安だったが、スイスイ走れた。
自転車置き場には止めない。エレベーターに乗せて狭い玄関に置いた。
その後で心配になってきた。
娘達に叱られるかもと。
車の免許を持ってる人は返納を考える歳に、私は自転車を買ってしまった。
だから内緒にした。来る、と連絡があればベランダに出してカーテンを引く。
半年以上隠していたが面倒くさくなり白状したら、叱られなかったが心配された。
細心の注意を払って乗ろう。
まず大好きな飛行機を見るために、伊丹空港に向かった。
まず尼崎に行き、伊丹方面に向かう。
そこからは飛んでる飛行機を見て空港の方向を確認する。着いた。
着陸寸前の飛行機を真下から見る川土手。
着陸寸前の飛行機を真横から見るコンビニ。
何時間見ていても飽きない。
往復五時間を走り、次の日の足を心配したが、平気だった。
調子に乗って、大阪城や通天閣、スカイビルにも行った。自転車は便利で楽しい。
四月にブルーインパルスが万博に来る!!
小雨の中を自転車で会場近くに行った。
晴れるかも知れない……と期待して。
雨は止まずに中止。往復五時間、雨の中を自転車をこいだ私。心の中は土砂降りだった。
そして七月十二、十三日とブルーインパルスがやって来てくれた。
会場には入らないが、二日続けて見た。
六機揃って大きな輪。一機がそれぞれ小さな輪。二機で
かわいいハート型。
感動で涙が出た。
独りで好き放題に生きる!!
そう決めた私に、嬉しい贈り物を頂いた。
いつか自転車を折りたたんで、それを担いで、関西を飛び出して走ってみたい。
そんな婆ちゃんになりたい。