選考委員講評

選考委員長

迷う楽しさ、決める勇気
山極やまぎわ 壽一じゅいち 総合地球環境学研究所所長・人類学者

 生きるということは、何かを選んで未来へ進むことだ。私たちの前にはいくつもの道が不確かな未来へ向かって延びている。どの道を選ぼうかと立ち止まって考える。これを選んだら、あれを選んだらと、その結果を予想して悩む。それは楽しい時間でもある。でもいつかはどれか一つを選ばなければならない。それは期待した結末にはならないかもしれない。ああ、違う道を選んでいたらなあ、と思うこともしばしばだ。しかし、それが人間であるあかしなのだ。
 動物たちは過去を振り返って、自分の今の境遇をなげいたりはしない。今の自分をあるがままに受け入れて生きている。未来の自分の姿を思い浮かべたり、今の努力が実ることを期待したりはしない。人間はいつから起きてしまった過去を悔やんだり、まだ起きていない未来に希望を抱いたりするようになったのだろう。
 今回のテーマは「決心」である。作品の中に散りばめられた大小の決心がまるで宝石のように輝いて見える。人は何かを決めたとき、自分を信じる心が宿る。それはきっと心身に力を与え、自分という存在がこの世界で唯一無二のものであることへの自覚をうながすのだろう。そして、決心はこれまで歩んできた道と新しい道の分岐点ともなるのだ。
 小学生の大賞は「決心~低空飛行」だった。背伸びをして目標へ向かう友達たちの姿とは違い、菜園の野菜たちはたんたんと成長する。小鳥たちの低空飛行も自由に遊んでいるように見える。そこから著者は「がんばらない」という、肩の力が抜けるような自由を選ぶことに決めた。自然に学ぶ謙虚で清々すがすがしい決心である。優秀賞の作品も、友達との約束を断れない自分、母親の背中から得た感謝の念、クラスで手を上げたい気持ちなどが正直に語られていて、ああこうした小さな決心が子どもたちを社会に押し出しているんだなと改めて感じた。
 中学生の大賞は「延長線上の私」だった。聞くことはまだ深く理解することにはならない。両親に連れられて行った町で第二次世界大戦の特攻隊の慰霊の象徴や遺書に出会い、命を捨てて飛び立っていった青年たちの思いに触れた。その行為が今の私たちの暮らしにつながっているという気づきが、平和への決心となる。死者の体験をなぞることの重要さが伝わってくる。優秀賞の作品も現代の中学生らしく、初恋の人と交わしたラインの交換、「令和のコメ騒動」から感じた米作りへの強い思い、ひいおばあちゃんに聞いた長崎の原爆の生々しい状況、それらはすべてこれからの生きる指針となっていくことが、力強い筆致ひっちで語られている。
 一般の部の大賞は「別人となった父の決心」である。平凡で退屈だと思っていた父が、実はかつて事故で脳に損傷を受け、意欲がわかない体になってしまったことを知る。しかし、別人のようになった父は、自分たち子どものためにひたすら働き続けることにしたのである。その決心に気づいたことが父の残像を輝かしいものに変える。人間の行為の裏側に思わぬ真実が隠れていることを教えてくれるエッセイである。優秀賞の作品も、ペンを片手にがけを何度も登るようにはい上がってきた決心の繰り返しや、実母を無くした子どもの頃にやってきた義理の母の決心に気づいた思い、とついだ寺で義父の死の際に聞いた阿弥陀経あみだきょうで「見えないもの」の価値への気づきがもたらした決心など、それぞれの人生を振り返って自分の成長の証を確かめている。当時の自分に対する反省ややさしい気持ちが温かく伝わってくる名作ぞろいである。
 長い人生の中で、決心しなければならないことはたくさんある。そこで迷い、悩み、自分に気づいて人々は新しい歩みを見つける。それは過去を振り返って世界や人々を見つめ直し、より良き未来を描こうとする人間だけに許された特権だと思う。その想像力と決断力が世界を変えてきたに違いない。人工知能が人間の考える力を凌駕りょうがしようとしている現代、その力を失ってはならない。決心をするのはあくまで人間なのだ。

選考委員

一人ひとりが、「日本代表」
茂木もぎ 健一郎けんいちろう 脳科学者

 現代の人工知能が進化するさいにも、「言葉」がかぎになる。文章は、私たち人間のあかしであり、魂の本質なのだ。
 小学生の部、大賞の『決心~低空飛行~』は、自然から学んだ気づきが素晴らしい。優秀賞の『たいせつにしたいきもち』は友に対する真摯しんしな思いを、『母の背中と私の一歩』は「当たり前」の後ろにある営みを、そして『正直ものの手』は手の動きに表れる素直な心を描く。佳作の『「どんな事が、忘れてはいけないこと?」』は、歴史を学ぶ大切さを伝えてくれる。
 中学生の部、大賞の『延長線上の私』は、平和のかけがえのなさに向き合う。優秀賞の『私の「ゴンドラの唄」』は好きな人への揺れる思いを、『米を作る』は農業に対するこみあげる熱情を、そして『ひいおばあちゃんと私の長崎忌』は世代を超えて伝わる大切なメッセージをつづる。佳作の『私の父は』は働く父の姿から、人としての生きる道を考える。
 一般の部、大賞の『別人となった父の決心』は、人生の見えるものと見えないものを描いて感慨深い。優秀賞の『ペンで崖を登る』は努力することの大切さを、『「お母さん」』は、人と人との縁の深さを、そして『61歳からの出発』は挑戦することの素晴らしさを描く。佳作の『最後の学校長式辞』は人から人に伝わる思いのかけがえのなさを短編小説のように伝えた。
 ニューヨークにルーツを持ち、日本でも人気の「ヒップホップ」では、それぞれの人が自分の人生の中から込み上げる思いを伝える「リプレゼンテーション」(代表)を重視する。寄せられた文章の一つひとつが、私は、今の時代を生きる日本人のさまざまな実感を「代表」しているように感じられた。みなさん一人ひとりが、「日本代表」です。誇りを持ってください!

自分との約束
中江なかえ 有里ゆり 女優・作家・歌手

 今日の夕飯は? 明日の休みは何をする? どの学校を目指す? 将来は何になる?
私たちの日々は選択の繰り返しです。選ぶことは楽しかったり、時に苦しかったりしますが、どこかで選ばなくてはならない時が来る。つまり私たちは「決心」を繰り返しています。
 一般の部「別人となった父の決心」。事故によって変わってしまった父。唯一変わらなかったのは家族への思いだったと気づいたのは、ご自身が親となってから。親の心の深さは、子供には計り知れないものがあります。その決心は父から娘へと受け継がれていくのでしょう。
 中学生の部「延長線上の私」。作者の感受性の強さが「心臓に岩を落とされた様な重み」の一文に表されています。平和な世の中は自然発生したものではない。延長線の先にある平和を守っていくという覚悟に感じ入りました。
 小学生の部「決心~低空飛行~」。頑張ることは、時に視界を狭くする場合もあります。あえて「がんばらない」と宣言し、将来への視野を広げようという試み、大胆で面白い決心ですね。
 心に決めたことを、書いていると成就じょうじゅに近づくように思います。言語化することで、より決心が強まるから。
ささやかな「決心」、人生を変えるような「決心」。どの決心も、自分との約束です。よりよい人生にしようという願いが込められていました。

心を決する「心」
田中たなか 恆清つねきよ 石清水八幡宮宮司

 「天下人てんかびと」から寄せられた重要文化財の古文書こもんじょや、国宝の建造物などに常日ごろ親しく接する機会が多い私どもの立場からすると、今回のテーマについても、桶狭間おけはざまの信長、天王山てんのうざんの秀吉、関ヶ原の家康、といった天下国家を左右するような大々的“決心”というものを、つい想起してしまいます。山上にしずまる国家の宗廟そうびょうとして、そうした大所高所からの見方もあってしかるべきかとも思いますが、その一方、山に登らずに帰ってしまう人々のことも決して見落としてはならないでしょう。
 誰しも心を決するには、大小様々な葛藤かっとうがあり迷いがあるものです。進むべきか、退くべきか、そこに留まるべきか。進むにせよ分岐点に到れば右か左かと迷い、留まれば何時いつまで動かずに居るべきか思い悩んだ末、どこかの時点で意を決することになる、といった塩梅あんばいで、常に右往左往しているのが我々小人しょうじんさがというものですから、これが何千何万もの集団となれば、各自の意思や利害が錯綜さくそうし、収拾の付かない状態におもいってしまう。この混沌こんとんとした人々の心をたばね、一定方向に進ませようとするのが、天下国家を決する心であり、そこに政治や宗教の担うべき役割もある、といってよいかもしれません。
 むろん、今回の応募作品に見られるのは、天下国家に関わるような“決心”ではなく、極めてつつましやかな、それでいて確かな手応てごたえのある、主体的・能動的な精神です。誰に知られることもなく黙々と心の内にともし続けた決心、ひとり困難ながけを登り続ける決心、無理なく自然体で生きていこうという決心……。今回も数々の感動的な作品に出会うことができ、私も先人達の“延長線上”にあることを思い起こし、老骨ろうこつむち打って日々の神明奉仕しんめいほうしはげんでまいりたい、と決心した次第であります。

審査選考について

優しさや温もりを感じさせてくれる秀作ぞろい
寺田てらだ 昭一しょういち PHP研究所 月刊誌「歴史街道」特別編集委員

 第九回徒然草エッセイ大賞は、「決心」をテーマに、令和六年六月から九月までの三ヶ月間の募集でした。令和二年初頭のコロナ禍から六年を経て世界的に激動する社会の中で、様々な課題を乗り越えつつ、今日を生き明日を生きるためのキーワードとして「決心」をテーマにすることになりました。そして、一般の部九九六作品、中学生の部一〇六三作品、小学生の四八七作品、合計二五四六の秀作が全国から寄せられました。ここでは、選評にかえて、選考過程をご紹介します。
 徒然草エッセイ大賞は、四回の選考過程を経て授賞作を選んでいます。まず、応募規定を満たしているか、文章としての推敲すいこうがなされているか(誤字・脱字も含めて)、という点を中心に、各作品を編集者数名で評価する事前選考を行ない、一般の部二四三作品、中学生の部一四五作品、小学生の部六八作品を一次選考作品として選びました。一次選考では、各作品を八幡市関係者三名、PHP研究所の編集者三名の計六名がそれぞれ五段階で評価。その総合点をもとに、二次選考では月刊誌「PHP」「歴史街道」「Voice」、月刊文庫「文蔵」の各編集長及び編集長経験者により、再度、文章力・表現力・内容を精査して、一般の部、中学生の部、小学生の部それぞれ二〇作品を最終選考作品に選定しました。そして最終選考では、六名の選考委員が、それぞれの作品を五段階で評価した上で、総合点をもとに山極壽一選考委員長を中心に再度精査を行ない、各部、大賞一作品、優秀賞三作品、佳作五作品を授賞作品として決めました。応募作品は、お一人お一人の姿が目に浮かぶ秀作ばかりで、優しさや温もり、感動と希望をたくさんいただきました。応募者の皆様に感謝します。

ごあいさつ

八幡市長 川田 かわた 翔子 しょうこ

 この度、山極選考委員長をはじめとする選考委員の皆様並びに多くの方々のご協力により、第九回徒然草エッセイ大賞「入選作品集」が、ここに刊行できますことを心より感謝申し上げます。
 徒然草エッセイ大賞は、平成二九年の本市市制施行四〇周年を機に創設をいたしました。「方丈記」「枕草子」と並ぶ日本三大随筆の一つと言われる「徒然草」の第五二段では、石清水八幡宮が舞台となっていることは教科書にも掲載されており、多くの方に知られているところです。本事業は、本市の歴史の発信とAI時代の日本語を考える一助とすることを目指すとともに、『文化芸術都市・八幡市』の推進及び発信を目的としております。また、市民の皆様に対し、郷土に対する誇りや愛着を持つ機会の提供の場と考えております。
 第九回となりました今回のテーマは「決心」といたしました。「徒然草」第九二段では、兼好ならではの「決心」を語っており、「決心」を実行に移すことの難しさも考えさせられます。「決心」は、迷いという流れを断ち切り、進むべき道に心を定めることを言い、人生において、だれにでもどんなときにでも必要なものでございます。世間ではさまざまな社会問題が存在し、まただれもが課題を抱えています。そのさまざまな問題や課題を乗り越え、未来につなげる行動のキーワードとして、今回のテーマを選定させていただきました。その結果、皆様から多様な「決心」が届き、これからの未来に前向きな強い意志を感じることができました。
 今回におきましても、日本国内のみならず海外からもたくさんのご応募をいただき、その数は二五四六件に上りました。その中でも特に素晴らしかった作品を本作品集に掲載させていただきました。是非、掲載された作品に目を通していただき、素晴らしいエッセイをお楽しみください。
 最後になりましたが、受賞された皆様には、心からお祝いを申し上げるとともに、今後ますますのご活躍を祈念いたしまして、巻頭のご挨拶とさせていただきます。

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