中学生の部

佳作

私の父は
八幡市立男山第三中学校 2年 中村なかむら 海遥みはる

 私の父は消防士。いつも土日関係なく仕事に向かう。
 私が物心がついた時から父は家にほとんどいなかったし、思春期真っ只中の私は父がいても冷たく接してしまうだけなので特にさびしいとは感じていなかった。
 二〇二四年の元旦、その日も父は仕事だったので私は祖父母の家でゆっくりテレビを見ながら過ごしていた。三つ下の弟は父と遊びたくて「お正月くらい、休みやったら良いのにな」と言ってきたが、私は「ふぅん」とだけ返した。
 なんとなく見ていたテレビの画面が急にニュースの画面に変わった。テレビ画面に映っていたのは現実とは思えないほど揺れ、崩れていく家だった。石川県の能登のと地方で大きな地震が発生したと速報で分かった。
 しばらくして母に父から「すぐに緊急支援隊として現地に向かう」とだけ連絡がきた。それを聞いていつになく不安になった。
 父は家に戻らず消防署からそのまま現地へと出発した。「頑張ってね」と直接言えず、その後祖父母と行った初詣はつもうで中も気が気でなかった。顔に出ていたのか、家主さんが小さい子達に配る用のお菓子を私にもくれた。
 ニュースを気にしながら、母と「ご飯は食べれているかな」「寒くはないかな」と話した。
 数日後、父が帰ってきた。疲れた顔に、言葉では言い表せない重みがにじんでいた。父は語った。「助けるために行った。でも、つぶれた家の中から運び出せたときには、もう遅かったんや」。父の強張こわばった表情に胸が締めつけられた。少しの沈黙の後、父は続けてこう言った。「でもな、周りで見守っていた家族の人たちは、感謝してくれたんや。『来てくれてありがとう』って」。その瞬間、私は気づいた。人のためにすることは、結果だけではないんだと。それが、誰かのためになると。
 父の話を聞いて、私は決意した。自分も誰かのために動ける人間になりたい。たとえ結果が思うようにならなくても、誰かの心に届く行動を選びたい。父はソファーで寝ていることが多い。でも、今回の出来事で人を助けたいという強い気持ちと決意を感じることができ、父への気持ちの変化と対応が少し変わった。
 これから先、失敗したり思い通りにいかないこともたくさんあるだろう。父のように心の奥に秘めた決意を貫いていこうと思う。
 私の父親は救助隊。

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