
「新入生代表、畠中ひよりさん」
その声が響いた瞬間、私は返事をして椅子から立ち上がった。体育館の中には、扉の隙間から暖かくやわらかな春の風が入り込んでいたが、その温もりとは裏腹に、私の手のひらは冷たく、まだ冬に取り残されているようだった。足音が小さく反響する。たくさんの視線が私を追いかけ、光沢のある床が眩しく光った。壇上に上がってマイクの前に立ち、背筋をまっすぐと伸ばす。深く息を吸い、ゆっくり目を瞑った。
それは小学校を卒業して間もない頃、いつも通り塾に行った帰りの車の中でのことだった。母が急に、少しもったいぶった様子で言った。
「ひより、良いニュースがあるよ。何だと思う?」
私は首を傾げながらも、わくわくした気持ちで母の話を聞いた。
「中学校の先生から、入学式で新入生代表挨拶お願いされたよ」
まさかそんなことを言われるとは思わず、とても驚いたと同時に嬉しかった。しかし、一瞬返事に迷った。人前に立つのはあまり得意ではないし、緊張で声が震えるのが目に浮かんだからだ。
「どうしよう」
「やりなよ! せっかくのチャンスだよ」
母の明るい声に、少し気持ちが変わった。人前で話すのは緊張するし、うまくできる自信もない。けれど、この機会を逃したら、もう二度とこんな大役は回ってこないかもしれない。やるしかない。
「……うん、やる」
そう声に出した瞬間、胸の奥がすっと晴れた気がした。
それからの日々、私は原稿を書き、何度も何度も声に出して練習した。読み間違えたり言葉に詰まったりするたびに、不安が大きくなっていったが、1度決意したことはやり遂げたいという気持ちで、母の助けも借りながら練習を続けた。
そして今、私はマイクの前に立っている。体育館の静けさが、私の声を待っている。
「暖かく柔らかな春の風とともに、私たち新入生は晴れて高知国際中学校に入学します」
私は、これから始まる新しい生活への思いを胸に、ゆっくりと言葉を紡いだ。拍手が広がり、胸の奥の緊張がほどけていく。壇上から見える景色が、最初よりやわらかく感じた。
あの日、勇気を出して新入生代表挨拶を引き受けた経験は、私にとって大きな意味を持っている。最初は不安でいっぱいだったけれど、練習を重ね、壇上で言葉を言い切ったことで「挑戦すればできる」という実感を得ることができた。
それ以来、私は新しく不安なことに直面したとき、すぐに「無理だ」と思うのではなく、「やってみよう」と思えるようになった。あのとき決意したこと、そして達成できたことが、今の私の支えになっている。